大草覚真流

庖 刀 式



庖丁儀式は公家社会から始まり「源氏物語」や「宇治拾遺物語」に王朝時代の料理風景、料理を介しておこなわれ社交の有様で、大宮人の風流で優雅な気持ちを満足させると共に貴族生活にはこの儀式は欠かせない社交様式であった。
「大草流」とは足利将軍家の包丁人、大草三郎左衛門尉公次の家伝で三河国(現在の愛知県)額田郡大草郷を領し室町時代には「進士流」と共に武家の包丁人として幕府の年中行事である初物献上の儀式などをうけもっていた。
大草三郎左衛門は何代か続き、後に甚五左衛門の時に「大草覚真流」を起し調理技術の合理性と共に人間が地球という大きな友達を身近に感じて生きた時代の素朴な心からなる「祈り」を現代にも受け継がせた。
右手に庖丁刀、左手に真菜箸をもち、魚、鳥等を切りさばくが、その型も実に「八十一」あり、鰹、鯉、鯛、鯨、飛魚、すずき、海老、蛸、なまず、鰤、あわび、鹿、猪、鶴、鴨、大根、蓮根、うど、昆布、等があり、正月三が日には鯉の「年賀庖丁」五月には鰹の「尚武庖丁」等年中行事も多い。

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